Nの2乗

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Nの2乗とは?                              永峰 明

 
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space mark1まずは・・名称の由来から  
 
Nの2乗 〜

一つ目の“N”は、役者たちが卒業した吉本NSC東京俳優コースの“N”二つ目の“N”は、吉本NSC東京俳優コースの講師であり、その卒業生たちが演じる芝居の作・演出をしている私、永峰明の頭文字“N”
そのふたつの“N”を掛け合わせるという意味から付けられたもの。

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  mark1つづいては・・「ドキュメント〜Nの2乗の誕生と進化」  
 

2001年、NSC東京俳優コースの卒業生をプロとして通用する役者を育てることを目指して、この演劇集団“Nの2乗”はスタートしました。NSC東京のもうひとつのコースであるお笑いコースの卒業生たちは、プロの芸人を目指していろいろなライブで自分たちを発表していきます。一方俳優コースの卒業生もプロを目指しますが、その道は簡単ではありません。何故なら発表する場を自分で探さなくてはならないからです。事務所に所属できるわけではないのでオーディションもあまり無く、あっても1年程度の経験では、合格は難しいのが現実です。そこで基本的には自由参加ですが、彼らの受け皿として“Nの2乗”は設立されました。
しかし問題もありました。それは個々の“モチベーション”の違い。毎年15〜30人の卒業生の中で残る者は2〜3割程度。卒業すればプロになれると思っている者や、人間関係がうっとうしく思う者が結構多く、目の前にある“芝居”というものと真摯に向き合うモチベーションを維持できる者は数少ないのが現実だったのです。何がプロだか難しい演劇の世界ですが、経験がものを言うのも事実!彼らの役者としての将来を考えたプログラムを積み重ねていくことで“経験”というものを身につける、それを答えにすることにしました。
そうこうして迎えた5回目の公演(2005年1月)、舞台上の空気が変わりました。芝居の中心を担っていた1〜2期生の役者たちの演技が変わってきたのです。“相手の言葉をきちっと聞き、それによって自分の感情が動く。そしてまた、その感情に相手がリアクションする”。簡単なことだと思われるかもしれませんが、なかなか出来ないのが現実です。何がきっかけだったのでしょうか?やはり“3年間、芝居と必死に向かい合った事”だったのかもしれません。プロへの扉が少し開いた瞬間だったような気がします。
現在は卒業して6年目のメンバーから1年目のメンバーまでいます。当然まだ芝居の質にばらつきはありますが、演劇集団としてもお客様たちに楽しんでいただける形に成ってきたのではないかと思います。これからの進化をご期待ください!

   
  mark1最後に・・演劇集団として“Nの2乗”が目指すスタイルとは?  
 

テーマは“現代社会の人間関係”演技は“リアリティー”物語は“オーソドックス”
基本的にはシンプルで楽しい芝居を目指しています。皆様のご来場お待ちしてます!

 
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永峰 明   プロフィール

1954 年 1 月 16 日生まれ   東京都出身
nagamine
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1972年

フジテレビ(フジテレビ内制作プロダクション・フジポニー)にてアルバイト、契約として番組制作(アシスタント・ディレクター)に関わる。
関わった主な番組 「スター千一夜」「欽ちゃんのドンとやってみよう」「お笑い大集合」他

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1980年

フジテレビ社員として番組制作(ディレクター)に関わる。横澤 彪プロデューサーのもと、お笑いブームを立ち上げる。

   
 

主な作品
「THE MANZAI 」「笑ってる場合ですよ」「オレたちひょうきん族」
「笑っていいとも」「冗談画報」「さんまのテレビの裏側全部見せます」 他

   
 

「笑ってる場合ですよ」「笑っていいとも」ともに第1回目から担当。「オレたちひょうきん族」では、主にニュース、ドキュメント系やCMパロディーなどのパロディー系ミニコーナー、さらに音楽、CGなど全体のパッケージを 担当。ちなみに一時“ひょうきんディレクター”としてレコード発売、コンサート活動なども行っていた。「冗談画報」では深夜の時間帯を利用して新しい笑いの方向性を模索、ウッチャンナンチャンや WAHAHA 本舗、米米クラブ、聖飢末、などなどを発掘していった。

   
 

それ以外の活動
赤信号劇団(渡辺正行・ラサール石井・小宮孝泰)演出
「ですから・・・」下北沢・駅前劇場
いいとも青年隊(野々村真・羽賀健二・久保田篤)
全コンサート 演出
レコードプロデュース
ファッションショー 演出 「ウールマーク・羊抱きしめたい」代々木体育館

   
1989年

「オレたちひょうきん族」終了後、フジテレビを退社、フリーとなり個人事務所“創造商店”を立ち上げ、活動の場をバラエティーだけでなく、ドラマ、舞台にも広げる。

   
midashi
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バラエティー
「ダウンタウンの素」 MBS  「生生生生ダウンタウン」 TBS
「ダウンタウン也」 TBS  「ダウンタウン汁」 TBS
「お茶と U N(ウンナン)」 ANB          他

 

フリーになってからの最初の3年間は主にバラエティーを中心に、その後3年間は主にドラマを中心に演出を担当。

   
 

ドラマ
「コンビニエンス物語」 TX  ウッチャンナンチャン
「派遣 OL 恋物語」 TX  鷲尾いさ子 小倉久寛
ネオドラマ「こだくさん」 ANB  鳥越マリ 尾美としのり
ネオドラマ「エチュード」 ANB  萬田久子 古尾谷雅人
エリアコードドラマ「ESP/RUN」 FB S 香坂みゆき
エリアコードドラマ「CRANE」 MBS  鈴木杏樹 宇崎竜童
エリアコードドラマ「FM999」 MBS  奥山佳恵 遠山景織子
エリアコードドラマ「異人館通りの聖夜」 MBS  大路恵美 大江千里
エリアコードドラマ「Call Me」 MBS  黒谷友香
2 時間 「冗談じゃないよマイホーム」 TBS  鶴見辰吾 美保純
2 時間 「イブは初恋のように」 TBS  富田靖子 東幹久 萩原聖人
2 時間 「1億2千万人のボーイフレンド」鈴木紗理奈 石井正則

   
1996年

「発掘あるある大事典」の立ち上げスタッフとして参加、総合演出として番組に携わる。

   
midashi
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1989 〜 1991 年
  「笑いの殿堂」1〜3 ウッチャンナンチャン 爆笑問題 他
1994 〜 1996 年
  「よせなべ」1〜5 バナナマン X− GU N 他
1998 〜 2000 年
  「ハレモノ」 ベンガル 間寛平
「この病気、死に至らず」 ベンガル 間寛平 大竹まこと
「 ASIAN  日和」 ベンガル 間寛平 大竹まこと
2003 〜 2006 年
  「LDK」1〜2 渡辺正行 柴田理恵
「LDK」3 渡辺正行 阿知波悟美 町田マリー インリン・オブ・ジョイトイ
2000 〜 2005 年
  「BEACH 666」1〜6
2001 〜 2003 年
  「VOICE」1〜3 テレビ朝日アナウンサー
2001 年 〜 「Nの2乗」
2006 年 ユニット“創造商店プロデュース”を立ち上げる。
 
   
midashi
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「ダック引越劇場」 おぎやはぎ 北陽
「日産ルネッサ(関西地区)」 吉本新喜劇メンバー
「日産キューブ(関西地区)」 吉本新喜劇メンバー
「民放の日キャンペーン‘97」

   
 現在は

KTV「発掘あるある大事典U」 スーパーバイザー  MB S 「笑道」 監修
NSC 東京お笑いコース・俳優コース 講師
ルミネ the 吉本新喜劇 監修
演劇集団“Nの2乗” “創造商店プロデュース” 作・演出
space・・・を勤めている。

 
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